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物心ついたときに、呼ばれていた名前はヤッチャンだった、北海道に移住してきた時が私が三歳で、子供は私のほかに妹がいたことを覚えている、しばらくして室蘭の輪西町の住人になり、幼稚園、小、中、高とここが故郷になる。
幼名のヤッチャンは可なり成長してからもその名で呼ばれていたことを記憶している。
大人になってもこの名で呼ばれると、哀愁が出てきて胸が熱くなる、それだけ思いで深い名前だったかが良く分ってくる。
それが、80歳にも手が届く年齢になっているのに、いまだにその呼び名をしてくれる人が一人だけいる、血は繋がっていないが、姉のような存在で80歳を優に超えているが健在で、子供や孫の家に世話になりながら暮らしている。
左の写真は長谷きみえさんとのツーショット (・・・・続く)
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